Boundary title

 

休日の昼下がり、その空港は多くの人で溢れていた。
旅を終えて、ここに戻ってきたという安堵の表情を浮かべる人。これから旅に出るのか、期待に満ちたまなざしで空を見上げる人。時計とボードに絶えず視線を走らせる人。大空に飛び立つ機体を眩しそうに眺める人。
そんな人たちのざわめきの中に、二人はいた。
おおむね黒髪の日本人の中に、少し急ぎ足で進む亜麻色の長い髪と銀色の髪はよく目立つ。
すれ違う人達のほとんどが、その二人連れを振り返っていた。
ふと、その片方の亜麻色の髪の女性が足を止める。
「よかった、飛行機がちょっと遅れてるみたい。まだ着いてないわ」
じっと目を凝らした後、彼女が振り返った。
「そうだな、渋滞してたからひやひやしたよ」
手の中で車のキーをもてあそぶ銀髪の男が、彼女の方へ視線を向ける。
「博士もジョーも2週間ぶりに帰って来るんですもの、きっと疲れてるわ。あなたがいっしょに来てくれてよかった、ハインリヒ」
「それなりに荷物もあるだろうしな。たまにはジョーを手伝ってやるさ」
ハインリヒは、口元を少し上げて笑みをつくる。
「まだ時間があるみたいだな。コーヒーでも買ってくる、フランソワーズはここで待ってな」
「ええ、ありがとう」
鮮やかに微笑む彼女に、小さく笑みを返して、息をついた。
昨日までの彼女と違う晴れやかな笑顔。それはもちろん、あいつのためのものだ。
あんな顔をされちゃあな。
そう思う自分に、今度は苦笑する。
はじめから分かり切っているだろう。……何を考えているんだか。
無意識にポケットの中のコインを探っていると、近くに自動販売機を見つけた。
コインをちゃりちゃりと手の中で動かしながら少し迷った後、冷えたミルクティとブラックのコーヒーのボタンを押す。
ごとんと音を立てて落ちた缶を取り出そうと身をかがめたところで、ハインリヒは突然それを聞いた。
「ちくしょう!うぉああああああ!!!」
悲鳴じみた、その意味不明な叫び。
反射的に体制を立て直し、声のする方向に体中のすべての神経が向かう。
──その声の向かった先には、彼女がいた。
後ろから、若い男が彼女の背中めがけて突っ込んできていた。
光るものを両手でしっかりと握っている。
周りにいた客の一人がそれを認めて、大きな悲鳴を上げていた。
それより先に、フランソワーズは驚いたように振り返っていた。
「まずい!」
ハインリヒが飛び出した時、彼女は体を沈めてその攻撃を避けていた。
光るナイフの切っ先が空を切った。
フランソワーズのつま先が、流れるような動作で鋭く男の鳩尾を蹴り飛ばす。
男の動きがそこで止まった。
だが、見事にその蹴りが決まった次の瞬間、彼女もバランスを崩すようにしてその場に座り込んだ。
「きゃああああ!!」
周りから悲鳴があがる。あたりが、ざわざわとざわめきはじめていた。
「大丈夫か!?」
駆け寄ったハインリヒに対して、フランソワーズは頷いた。
青ざめた彼女の表情に、ふと疑問を感じた。なにかがずれているような、妙な違和感。
すぐ脇には、男は腹を抱えて唸りながらうずくまっている。そばに放り投げられたサバイバルナイフの先には、赤いものが付着していた。
はっとして振り返ると、彼女のスカートの、右側の腿のあたりから裾までが一直線に切られていた。
あらわになった膝の少し上あたりの白い肌に、赤い筋が浮いている。
深くはなさそうだが、彼女の様子がおかしい。それが少し気になった。
ハインリヒは小さく舌打ちすると、あたりに素早く視線を走らせる。
──倒れた男は、さして特徴のない風貌、だが身なりはきちんとしていた。意味不明の言葉を吐いていたことから、突発的な通り魔のようにも見えるが、もしかしたら、これはやつらの仕業かもしれない。
通り魔を装って自分たちに攻撃を仕掛けることなど、簡単なことだ。
ここのところ、何事も起こってはいなかったから油断していた。
今は、まわりの人間も、襲いかかってきながらも彼女に倒された犯人に気を取られている。
もしも、今ここで彼女を連れていっても手当のためだと思われるだろう…。
そこまで考えを巡らせてから、ようやく立ち上がろうとする彼女の手を取る。
その腕の下から自分の肩を入れてしっかりと支えた。フランソワーズも素直に、ハインリヒの肩を借りる。
ふわりと甘い香りが、ハインリヒの鼻をくすぐった。
そして、彼女を支えた感触の、その柔らかさにどきりとする。
それと同時に、今はもういない大切な人の姿が脳裏をよぎった。
小さく頭を振る。
……一体オレはどうしたんだ。今はそんなことを考えている場合ではないだろう?
「傷、痛むか?」
フランソワーズは黙ったまま、首を振る。
ハインリヒはちらりと彼女を見て、その体を支えなおした。
「警察が来るとやっかいだ。これが誰の仕業かもはっきりしないうちは、俺達の所在だって明らかにするわけにはいかない。ここを離れた方がいい。大丈夫だな?」
彼女が頷いたのを確認する。
あたりに素早く視線を走らせると、すぐさま人の少ないところを見つけ、その物陰に身を潜めた。
今まで二人がいたあたりを、幾人もの人が右往左往していた。
しばらくじっと様子をうかがった後、壁に背をもたれさせて、もう一度息をつく。
「とりあえず、ここなら大丈夫だろう」
彼女も同じようにして、壁に寄りかかったまま立っていた。
「ケガは?」
「ごめんなさい、大丈夫よ。驚いただけ」
「血が出てる」
ふと視線を下ろす彼女の足元にかがみ込んで、傷口にハンカチを当てる。
「あ…ありがとう。大丈夫、切っ先を引っかけただけ。大したことないわ」
フランソワーズの頬に、さっと朱がのぼった。
思わず、足をひこうとする。
「じっとして」
その言葉に、彼女がそのまま足を止める。
ハインリヒは丁寧に傷をぬぐうと、手早くハンカチで傷口を縛った。
「ああ、君の言うとおり、浅い傷だ。今はこれしかできないが、博士が戻ればすぐになおしてくれるだろう」
「……ええ、ありがとう」
「なに、心配ない。もう博士もジョーももうじき着く。……さっきのが」
立ち上がりながら、ちらりと彼女の表情を伺う。
「ただの通り魔ならいいんだけどな。もしかしたら、奴らのしわざかも…」
「………」
「フランソワーズ?」
「……私……油断してた……それなのに」
そこで唐突に言葉を切る。
息をのむような空気が、彼女を取り巻いていた。
どこか、驚いたように一瞬ハインリヒを見つめると、すぐに視線を逸らす。
「な、なんでもないの。ごめんなさい。私、油断してた。だから、びっくりしちゃって……」
「あんなヤツに傷つけられるなんて、君らしくもない。一体どうしたんだ?」
「そう…ね……。……私らしくないわね」
力無く呟いたフランソワーズの様子が、なんだか引っかかった。
だんだんと、あたりの喧噪がここまで届いてくる。
どうやら空港の職員が駆けつけて、先ほどの男を捕まえたようだ。
被害者である彼女を捜し始めるのも時間の問題だが、まだ、車に戻ることも危険だ。
もしも奴らなら、そちらにも周到に罠を張っているだろう。どうする?
黙って腕組みをしたまま、彼女の切られた足を見る。
傷は深くないが、痛みはあるはずだ。それにこの姿……。
ハインリヒはもう一つ、息をついた。


拡大する一方の騒ぎの中、二人は、集まってきた野次馬達にまぎれて空港から外に出て、ここに来た。
いるのかいないのか分からない奴らに見つかることも、警察の事情聴取を受けることも、避けたかった。
仕方がない…ジョーたちと合流するまでの間だ。
ハインリヒはフロントから鍵を受け取ると、フランソワーズの姿を探す。
目立たないようにひっそりと立っている彼女は、なぜか、なにかに怯えているようにも見えた。
一体どうしたというのだろうか。
そう思いながらも小さな身振りで促すと、彼女はエレベーターホールに向かうハインリヒに、ごく自然にそっと寄り添った。
そのハインリヒは、空港からこの隣接するホテルに来るまでずっとそうしてきたように、彼女の右側に必ずいた。裂けた衣服が他人の目にさらされないように。
彼女も、それがまるでいつものことかのように、黙ってそのハインリヒの左を歩く。
ゆるやかに静かな音楽がかかる中、どちらも一言も発しない。
奇妙な沈黙とともにエレベーターを降り、誰もいない廊下を注意深く歩いてたどりついた部屋。
ハインリヒは静かにドアを開けた。
そのドアを片手で押さえると、自分は一歩も動かないまま、もう片方の手で彼女の華奢な背をそっと押して部屋の中に入れる。
え?と振り返った彼女の手の中に、部屋の鍵を落とした。
フランソワーズがハインリヒを見返す。
「君はここで待っていてくれ」
「でも……!」
「その格好じゃ目立つし……なによりケガもしてる。オレはジョーと博士を迎えに行ってくるよ。たぶん、あっちは騒ぎになってるだろうから」
なぜだか、思い詰めたような目をしている彼女が、黙ったまま頷いた。
「連絡を入れるから通信回路は開いておいてくれ」
「……わかったわ。ごめんなさい……私……」
言いかけて、止める。
「なに、心配するな。すぐに家に帰れるさ。用心に越したことはない…それだけだよ。ここが安全かどうかはともかく、人の目を気にする必要がないだけましだ。君なら相手より先に、正体を知ることができるだろう?何かあったら、必ずオレに連絡してくれ」
こくんと頷いた彼女に笑みを返すと、ドアに背を向けた。
「…ハインリヒ……あなたも気をつけて」
軽く手を振るハインリヒの後ろで、小さくドアの閉まる音がした。




それから彼女の待つ部屋に、ハインリヒが戻ってきたのは、しばらくたってからだった。
フランソワーズが連絡を受けて、ドアを開けると、そこには心配そうに眉を寄せたジョーが立っていた。
「……ジョー」
「フランソワーズ、大丈夫だったかい!?」
ジョーは彼女を押し込めるように肩に手をかけて、部屋の中に入った。
「お帰りなさい。博士、ジョー……それから、ごめんなさい」
「そんなことはいいんじゃ。傷を診るから座りなさい」
ギルモア博士の声を聞きながら、開けたままのドアに背を預けていたハインリヒは視線を落としていた。
ジョーが何のためらいもなく、踏み越えていったその境。
ただそれだけをじっと見つめていた。
「どうしたんじゃ?ハインリヒ?」
その視線の先を、博士の足がまた踏み越えていく。
「…いや……なんでもない。オレはちょっと下の様子を見てきます」
「ああ、そうか、よろしく頼む」
博士の言葉に頷くと、ハインリヒはドアから背をはずした。ドアが音も立てずに閉じてゆく。
その隙間から、部屋の奥の彼女に、わずかだが安堵の表情を浮かんでいるのが目に入った。
先ほどまでの、思い詰めた目ではなく──。
自分の手で閉まりかけのドアをしっかりと閉める。
後に残ったのは、廊下に流れる静かな音楽だけ。
「……王子さまのお出ましには、かなわないな」
口の中で小さく呟く。
何を言っている?自分でそれを認めているくせに。
あいつなら……そう思っているはずだろう?オレは。
そんな自分を嘲笑うようにまた、くちびるの端をあげた。
まだ、もう一つやることが残っていた。


「とにかく、怪我がたいしたことなくて良かった」
博士の簡単な応急処置の終わった後、彼は安心したように息をついた。
当の博士は、その後片づけにと、バスルームに籠もってしまっている。
「さっき君を傷つけようとしたヤツは、捕まったよ。……傷つける相手は誰でも良かったみたいだ。やつらじゃない。その点は安心していいよ。フランソワーズ」
「ええ、ありがとう。私も私の耳で、探ってみたわ。周りにも怪しい気配はなかった」
そう言うフランソワーズの表情は浮かない。
「どうしたの?」
彼が小さな声で聞く。
それに対して、彼女は首を振った。
「…なんでもないの。ホントに驚いただけ。突然で……」
「ちがうだろ?……僕にはわかるよ」
ベッドの端に座った彼女の両手を、隣からそっと自分の両手で包み込む。
「……ジョー。私……」
「君の思ったこと、僕に教えて。君が考えてること、なんでも知りたいんだ」
勇気づけるように彼が笑うと、それに安心したように彼女がぽろぽろと涙を零す。
声も出さずに泣く、彼女のその透明な涙を、ジョーがそっと指で拭った。
「………怖かったの……」
小さな声が彼の耳に届く。
「──背後に大きな殺気を感じて……その途端、意識してないのにナイフをよけて倒してた。そうよ、ずっとそういう生活してたんだもの。そんなことができることはわかってる。でも、それは意識してるからだと思ってた」
フランソワーズはジョーから視線を逸らした。
「…私、油断していた。もうそんな風に攻撃されることなんて、考えてなかった。それなのに……。戦いから遠ざかって、もう、ふつうの生活をしていたのに……気がついたら、簡単に相手を倒してた」
濡れたまつげを伏せる。
「……まだ私は戦う道具なのかって……そう思えて……」
「そんなこと、ないよ」
彼はその言葉を遮って、彼女の手を力強く握った。
「僕らは人間だよ。道具なんかじゃない。それを僕らが忘れなかったら、大丈夫」
そっと彼女の肩を抱き寄せると、自分の胸に抱き留めた。
「君も僕も、他の人よりちょっとだけ身を守る術に長けてるだけだよ。僕らさえ、それがわかっていれば大丈夫。違うかい?」
彼女は首を振った。
「だったら泣かないで。君が無事だったことが一番だよ」
「ありがとう。でも……私……」
小さな子供が駄々をこねるように、首を振った。涙が彼の胸をも濡らす。
「だめよ!……私……私はずるいの…」
「フランソワーズ?」
「私……それをハインリヒに言ってしまいそうだった……私よりも、あなたやハインリヒの方がもっと苦しんでるの…知っていたはずなのに。……私……自分のことしか考えてなかった。……私が一番恵まれているはずなのに……自分のことばかり嘆いていて。……やるべきことも十分に果たせなかった!」
吐き出すように言う彼女を、強く抱きしめる。
「だから、傷を負ったりするんだわ。ただでさえ、なにもできないのに、もっとみんなに迷惑かけてしまって……こんな風にあなたに弱音を吐いてることだって……」
「フランソワーズ!」
強く名を呼ぶ。
「誰が一番恵まれていて、誰が一番苦しんでるかなんて、そんなの関係ない!僕らはみんな仲間だ。同じ気持ちを、全員で分かち合ってる」
「でも……」
「それ以外になにもないよ。僕らは9人しかいないんだ。みんな、君が恵まれていて、自分より苦しんでいない…なんて、そんなこと思ってるわけ、ないだろう?」
フランソワーズは、彼の胸においた手に力を込めた。
「みんな同じなんだ。それは君が教えてくれたことだよ。………みんな、君が大切なんだ。だから…そんな風に思わないで。……君が哀しむことが一番辛いんだ」
ジョーの言葉がフランソワーズの中に、ゆっくりとしみわたる。
「弱音だって吐いていいんだよ。君には仲間がいる……僕もずっとそばにいるから」
少し照れたように、ジョーが耳元でささやいた。
彼女もまた、同じように頷いた。
「…ありがとう……ジョー。……うれしい」
彼の瞳が優しかった。
彼女がようやくかすかに微笑むと、二人はどちらからともなく、軽く唇を触れ合わせていた。



ドアの外には、じっと立ちつくしたままの男がいた。
片手にペーパーバッグを抱え、そのドアの前に立っていた。
荷物を持ち直して、ノックしようとしたその時、聞こえてきた彼女の震えた声。彼女の告白。
納得したように小さく笑う。
それと同時に、また息を吐き出した。
そんな風に思っていたのか……。
それなのに……オレは、彼女になんて言った?
『あんなヤツに傷つけられるなんて、君らしくもない。一体どうしたんだ?』
戦うことのできる彼女の姿が、彼女のすべてではない。
戦うことだけが、自分のすべてでもない。
そんなことは分かっていたはずなのに。
小さく舌打ちする。
彼女のことを戦う道具だなんて思っていないのに。それどころか───。
あの言葉はきっと彼女を傷つけた。
何気なく出してしまった言葉だ。それは彼女に深く刺さっただろう。
それなのに……彼女は自分を気遣ってくれる。そのために泣いてさえくれた。
もしも、それを君に告げたら、君はきっと自分自身のためだったと言うんだろうな。
でも………。
それは、自分の心の中の何かを震わせてくれる。
もう、こんな気持ちを感じることなどないと思っていたのに。
ひとつ、頭を振った。
自分には絶対に言わなかったことも、ジョーには言える。
その事実に、胸の奥がちくりと痛んだ。
そして、その事実にもまた、苦笑した。



「ハインリヒ、お帰り」
軽くノックすると、すぐにジョーがドアを開けた。
ここに来たときの表情に比べると、うってかわって穏やかな表情をしていた。
「もう大丈夫みたいだぜ」
ジョーの次の言葉を遮るように、ハインリヒは声を発した。
「そうか…よかった」
ジョーがほっとしたように笑った。
「これはフランソワーズに」
ドアを背で押さえて、ジョーの肩越しに、彼女にむかってペーパーバッグを投げる。
彼女はもう、泣いてはいなかった。
「きゃあ」
慌てて立ち上がった彼女が、それを受け取る。
裂けたスカートから、すらりとした足がかいま見えた。
「それじゃ、外を歩けないだろう?」
慌ててスカートの裾を押さえ、軽くハインリヒを睨んだ。
「もう!……ありがとう、ハインリヒ…あなたが選んでくれたの?」
「君の好みに合うかどうかは知らないぜ。それよりはマシだろ?」
フランソワーズが微笑む。
ドアに寄りかかりながら、それを見やった。
さっきまでの沈んだ表情より、ずっといい。
それが自分のもたらしたものでなくても。
「さて……博士、お疲れでしょう。ラウンジでコーヒーでも飲みませんか」
バスルーム側の壁を軽くノックしてハインリヒが声をかけると、博士がなんとも気まずそうに咳払いをして、籠もっていたバスルームから姿を現した。
「あ…博士……」
二人はぱっと頬を赤くした。密やかに視線が交わされる。
それを見て、ハインリヒはにやりと笑みを浮かべた。
「そうじゃな。まだフランソワーズの支度にも時間がかかるだろう」
博士がバスルームから、片づけた荷物を引っぱり出すと、ハインリヒに手渡した。
そして、決してハインリヒの越えることのない境を越えて、隣に立つ。
「オレたちは下にいるから、適当に降りてこいよ。残りの荷物はまかせたぜ、ジョー」
「お…おい?ハインリヒ?」
一歩二歩、踏み出すと、ドアがゆっくりと動き出す。
越えられないわけじゃない。越えないだけだ。
二人を残したまま、ぱたんと小さな音を立てて、ドアが閉まった。
「ざまあねえな。…とうとう囚われたか。オレも」
小さく呟いたハインリヒの言葉は、誰の耳にも届かなかった。

 

The End

 


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