金色の光 title

 

ぽつんと小さくあかりが灯った。
揺らめく炎は、ぼんやりと辺りの様子を映し出す。
その中に、彼女の姿が柔らかなオレンジ色の光に照らされていた。
じっと膝の上に置いた手を見つめている。
その手の中には、硝子の器に入れられたキャンドル。
ベッドサイドに置いた時計の音だけが部屋に響く。
風もない、静かな夜。
そっと炎から目を離して、窓の外にむける。
まだ、みんなはリビングでくつろいでいるだろう。
時折、仲間たちの笑い声がここまで届いてくる。
ずいぶんとお酒も入っていたことだし、たっぷりと料理も作りおいてある。
なんといっても、調子に乗ったジェットやグレートが、他のみんなにもずいぶんとワインを勧めているのだから。
彼女もようやく、その誘いから避難してきたところだった。
この夜、みんなが幸せそうに笑っている。
自分や大人が腕を振るった料理に、舌鼓を打ってくれた。
用意したケーキも綺麗になくなっている。
たった一人分をのぞいて。

そこに、彼はいなかった。

彼女はベッドに腰掛けて、少しばかり火照った頬を押さえる。
(ちょっと飲み過ぎちゃったかな……)
そして、小さく息を付いた。
さらわれた自分がこんな姿にされてしまったとき。
闘いに身を置いて、多くの命が散っていくのを見つめたとき。
もう、神には祈らない……そう思っていたのに。
街に溢れるクリスマスイルミネーション。大きなツリー。
クリスマス・イブというだけで、なんだか心が浮き立つような楽しさと、なんとも言えない嬉しい気持ちが自分の中をかすめていく。
そう言えば、小さな頃、兄と二人でサンタクロースを待っていたこともあったっけ。
あの時は、火を消した暖炉の前でずいぶんと粘ったけれど、やっぱり眠ってしまって……
目が覚めるとベッドの中だった。


『お兄ちゃん、お兄ちゃん、起きて』
『ん…んん……どうしたの?……まだ暗いよ…』
『お兄ちゃん、サンタクロースは?』
ジャンが飛び起きる。
『そうだ!』
ベッドから素早く降りると裸足のまま走り出したジャンの後を、小さな彼女も追いかけていく。
こんなに真っ暗な家の中は初めてだった。
淡い月あかりが、窓から廊下に差し込んでいる。
そのせいか、あかりのない家の中も怖いとは思わなかった。
二人がリビングに駆け込むと、自分たちの背よりもずっと高く、オーナメントや星を飾ったツリーには、いくつものキャンドルの炎が小さく灯っていた。
そして、その下にジャンが座り込む。
『見てよ、フランソワーズ!プレゼントだ』
一つ一つに小さなカードが付いていた。
ジャンは自分宛のプレゼントをしっかりと手にして、妹を呼んだ。
小さな妹は、暖炉の前のテーブルの上に置いたクリスマスケーキと紅茶の器が、きれいに空になっていることに歓声を上げた。
『お母さんの言うとおりだったわ!ちゃんと食べてくれて行った!サンタクロースもお腹がへっちゃうもの!私が飾り付けたのよ』
母に頼んで小さなケーキを別に焼いてもらっていた。
教えてもらって自分でクリームを塗って、紅茶も入れて置いた。
冷めてしまうのが気になったが、もしも会うことができたら淹れ直してあげればいいと母に教えられ、素直にポットも用意しておいた。
残念ながら、それを使うことはできなかったのだけれど。
『ホントだ!』
兄もまた目を丸くしていた。
『だったらトナカイさんにも、なにか用意しておいてあげればよかった』
しゅんとしてつぶやく妹の前に、ジャンが立った。
『じゃあ、来年はそうしよう!トナカイは……何を食べるのかな』
二人でこっそり笑いあったとき、入り口に両親の姿を見つけた。
『二人とも…そんな格好で!風邪をひいちゃっても知らないわよ』
『お父さん!』
『お母さん!』
二人は口々にプレゼントのこと、空になったケーキの器のことを話し出す。
両親は、二人の顔を交互に見て微笑んだ。
『でも…いつの間に僕たち、ベッドの中にいたんだろう?…お父さんじゃないよね?
絶対サンタクロースに会うまではベッドに連れていかないでって約束したもの』
『じゃあ、きっとサンタクロースが連れていってくれたんだよ。ケーキのお礼に』
『そっか…』
二人は神妙な顔で頷いた。
なんとなく納得できたらしい。
『二人が優しい子供になってくれて嬉しいって』
『お父さん!サンタクロースに会ったの!?』
父が一瞬たじろいで、あらぬ方に視線を泳がせた。
『会ってないわ。ほら、カードが置いてあったのよ』
母が、クリスマスの絵柄のカードを見せた。
『これは、明日見せてあげる。さあさあ、もうちょっとベッドに戻りなさい。プレゼントは明日の朝のお楽しみね』
不満そうに口を尖らせる二人を部屋に入れ、ベッドを直すとぱたんと扉を閉めた。
『あ……お兄ちゃん、お父さんとお母さんにも言うの忘れちゃってた』
『何?』
『メリークリスマス』
兄が身を起こして笑った。
『メリークリスマス』


その年のクリスマスプレゼントの中身は、もう覚えていない。
ただ、とても心に残っているクリスマスだった。
あんなに幼かったのだから、少しくらいの記憶違いはあるかもしれないけれど、サンタクロースの残してくれた想い出はしっかりと心に焼き付いている。
今思えば、両親はさぞかし大変だったことだろう。
いつまでも眠らない子供たち。
不格好にクリームを塗ったケーキも残さず綺麗に食べて。
一生懸命ケーキを食べる父の姿が、目に浮かぶようだった。
もしかしたらあれは、母が父に仕掛けた小さな悪戯だったのかもしれない。
そんなことも、懐かしい。
家族で過ごしたクリスマスの、一番の想い出だった。
その後の幾度ものクリスマスも、同じように家族で過ごしてきたのに…。
たとえ、それが兄と二人きりになってしまっても。

でも、今は………。
今は、あの時と同じ家族ではない家族と一緒に過ごしている。
もう神に祈らないと、そう思っていたのに。
やっぱり、クリスマスを祝っていた。
それなのに…今日に限って彼がいない。
手の中の炎を小さく吹いてみる。
ゆらゆらとゆらめく炎が、彼女の青い瞳に映った。
(そろそろリビングに戻らなきゃ……)
もう一度、今度は強く吹いて炎を消した。
部屋の中が暗くなって、カーテンを引いた窓からはいつかのように淡い月明かりが細く差し込んでいるのがわかった。
それと同時に、その窓の外から小さく音がした。
一瞬ドキリとして窓を見上げると、こそこそと動く人影が見える。
誰かが悪ふざけしているのに違いない。
そろそろ自分をリビングに引っぱり出そうとして……ジェットかグレートね、多分。
おおよその見当を付けて、逆に驚かせてあげようとばかりに勢いよくカーテンを開けた。
瞬間、彼女が息をのんだ。そのまま動きが止まる。
「……ジョー……」
窓の外には、コートを着たままの彼が、目を見開いていた。
彼女はあわてて窓の鍵をはずし、そっと押し開ける。
「…や、やあ、フランソワーズ」
「どうしたの…?こんな所で……あ……お帰りなさい」
「た、ただいま」
彼が耳を赤くして俯いた。
「いや…その……」
ますます俯いた彼が言葉を濁す。
彼女の青い瞳がそのまま彼を見返していた。
「…その……みんなに会う前に君に会いたくて……みんなにつかまると、話もできないから……あの…遅くなってゴメン」
「…ジョー……とにかく入って」
彼の冷たい手をとって部屋の中に招き入れると、窓を閉めた。
「博士の用事は、無事に済んだの?」
「うん、そっちは大丈夫。でも、帰りに大雪にあっちゃって、大渋滞だったんだ……」
「ええ。分かってるわ。そんな雪道の運転じゃ、疲れたでしょう?大丈夫?」
「え?…いや……そんなことないよ。どうしても今夜中に帰って来たかったから」
二人の言葉が、ふいに途切れた。
ジョーが、さっき閉めたばかりの窓をそっと開けると、吹き込んだ冷たい風が彼女の亜麻色の髪を乱す。
「え…と。これ……」
窓の外から取り出したのは、30cmほどの小さな鉢植えの樅の木。
それには、少し古びたオーナメントや星、いくつもの小さな金色の光が輝いていた。
その上には、本物の雪が少しだけ積もっている。
彼女にそれを手渡すと、その金色の光が彼女の笑顔を照らし出した。
「ありがとう、ジョー」
「…これ、さ……まだ苗木なんだ」
彼女が彼を見上げた。
「あの……この窓の下に植えて、来年もまた飾れたらいいなって…そう思ってるんだけど……どうかな」
彼が自信なさそうに彼女の瞳の中の、金色の光を見つめた。
「素敵!!」
その鉢植えを目の高さまで持ち上げて、全部を確認するように見つめている。
「ねえ、ジョー!私だけのツリーもとっても素敵!でも……これは玄関の横に植えましょうよ」
「いいけど…どうして?」
「こんなに綺麗なんだもの!みんなにも見せてあげたいの!私のツリーを」
彼女が鉢を上げたまま、くるりとまわった。
「だから、ね。来年は一緒に飾りましょう!今から楽しみだわ。来年はどのくらいの大きさになってるのかしら!もっともっとオーナメントを探して来なきゃ」
彼は黙ってその光景を見つめている。
「そして……もしも、これからみんながここでクリスマスを過ごすことがなかったとしても、このツリーのことを同じように思い出せるように」
笑う彼女につられて、彼も微笑んだ。
「君がそんなに喜んでくれて、うれしいよ」
「ありがとう、ジョー!」
「じゃあ、これも」
開けたままの窓の向こうから、手のひらにのるくらいの小さな雪だるまを取り出しすと、窓枠にちょこんと乗せて窓を閉めた。
「かわいい…ジョーが作ってくれたの?」
「ここは、あんまり雪が降らないから……これはおみやげ…かな」
彼女は、鉢を脇のテーブルの上に載せると、雪だるまを触った。
「冷たいわ。そんなの、当たり前なんだけれど」
笑いながら、彼女は彼の右手を取った。
「やっぱりジョーの手も冷たい」
その手を両手で包み込むようにする。
彼女の手のひらはとても暖かくて、彼はなんだかやっと、ほっとした。
「…ありがとう…ジョー。今夜、大変なのに帰ってきてくれて……この夜をあなたと過ごせることを、感謝します」
彼が、彼女の肩を抱き寄せた。
華奢な体が、自分の腕の中におさまってしまう。
「…メリークリスマス、ジョー」
あの時は兄と二人で、同じ想い出を共有した。
これからは………。
一緒に楽しい食事とパーティをした仲間の姿を思い浮かべる。
そして、彼から手渡された小さな樅の木を。

もっともっと素敵なクリスマスの想い出が増えますように。
いつまでも、ジョーと忘れられない想い出を共有できますように。
暖かな腕の中で、いつの間にかそう祈っていた。
ツリーに灯った金色の光が、重なった二人の影を床におとす。
下のリビングから、すこしだけ仲間たちの声が漏れ聞こえる。
その楽しそうな様子をどこか遠くに感じながらも、遅れた時間を取り戻すように、二人だけの時を大切にしていた。
規則正しい時計の音が、静かな部屋の中にやけに大きく響いている。
と、ふいに彼女の部屋の扉が、遠慮がちにノックされた。
「は…はい」
慌てて返事をする。
「フランソワーズ、大丈夫か?…気分でも悪いのかい?」
その声にはっとする。自分がそっと部屋に戻ってからずいぶんと時間がたっている。
「なんでもないの。ちょっと酔っちゃったから休んでいただけ」
「ならいいんだが……まだ連中は騒いでるぜ、ジョーのヤツもまだ帰ってこないし……よかったらまた降りてきな」
「ありがとう、すぐに行くわ」
そう答えると、安心したように頷く声がした。
ゆっくりとその足音が階段を下りて行くのを聞いてから、二人は顔を見合わせて小さく笑った。
「そうだわ、あなたはまだ帰ってきていないんだった」
「今から車をガレージに入れ直してくるよ」
「じゃあ、先にリビングに行ってるわね。あなたが帰ってきたら、パーティがまた始まっちゃうわ」
そう言って、彼の手の中に小さな包みを落としこんだ。
「早く帰ってきてね、ジョー」
後ろも振り返らずにそういうと、彼女は部屋を出ていった。
今度は軽い足音が階段を下りていって、それと同時に仲間たちの歓声が聞こえる。
彼は、彼女から渡された包みを、できるだけ音を立てずに開ける。
中から出てきたのは、シルバーのシンプルな腕時計だった。
今夜、大遅刻した自分へのプレゼントが、時計だなんて。
───もう遅刻しないでね。
彼女の声が聞こえた気がした。
そうして、来たときと同じように窓枠を乗り越えて出ていった彼の腕には、銀色の時計が輝いていた。
ぱたんと小さく音を立てて窓が閉まる。
彼女の部屋には雪だるまと、金色の光を灯す小さなクリスマスツリーが残っていた。

 

The End

 


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