十五夜なので、季節ものを…と思ったんですが、あんまり秋らしくないなぁ。
短いのでこちらに。わかりにくかったらごめんなさい。


月夜

フランソワーズ?

受話器からの少しくぐもった、それでも密やかで優しい声が耳をくすぐる。
遠い国からの電話。


今日の日本は、お月見の日だったんだ


ふと、いつかの日本の風景がまぶたに浮かんだ。
銀色に輝くすすきの穂。
辺りに響く虫の声。
月の光が明るく辺りを照らし、足元に長い影を落とす。
すすきの穂をゆらして渡る風。
それに合わせて、銀色の光がきらきらと輝いていた。


そっちの月はどう?


窓から見上げると、ほぼ満月に近い月。
少しだけ欠けているようで、また日本を思い出す。


とてもキレイよ
月の光が明るくて、いつか見た月のよう


電話の向こうで、少し笑っているような気配。


僕もそう思ってた


もっとよく声を聞きたくて、目を閉じる。
パリはまだ、ざわめいている時間だ。
その中で、この静かな声が自分を違うところへ連れて行ってくれる。


こっちもとてもキレイだったよ。
君と一緒に見たかったな…と思って。
……それで…そしたら……とても声が聞きたくなって


彼女はふわりと微笑む。
彼には、見えているはずはないのだけれど、なんだかそれが伝わったようだった。


私も。
私もあなたの声が聞きたいと思っていたの。


月の光は、なぜだかジョーを思い出させてくれる。
いろんなところで、一緒に月を見たから?

本当にいろいろな所で月を見た。
日本の静かな川縁で。
パリのこの空の下で。
銃弾の飛び交う戦場で。
生き延びるための戦いを繰り返していたあの場所で。
ほんの少しの戦いの切れ間、木々の切れ間から見えた月はとても明るくて、淡い木漏れ日のように足元に光を落としていた。
まるいまるい月に、胸が高鳴るのはなぜだろう?
瞳から入り込んだその光が、胸の奥の方に焼き付くような気がする。
だが、戦いの最中の明るい月光は、自分たちの姿をあらわにする。
こんなにきれいな月の光からも隠れなくてはならない、自分たちが悔しかった。

自由を取り戻して、こんな月をまた見られたらいい、月の光を何にも憚らずに浴びることができたらいい。
そう心の中でつぶやくと、彼がそっと手を取る。
足下に落ちた二人の影が、重なっているように見えた……あの時のことを思い出す。


フランソワーズ?
問いかける声の、さらに遠くで小さく虫の声が聞こえた気がした。


また、あなたと一緒に月を見たいわ


うん。僕もだ。


小さな声が耳をくすぐる。
もっと声が聞きたい。柔らかな栗色の髪に触れたい。
やさしいぬくもりを感じていたい。


ジョーに、会いたい…


彼が息をのんだような気配。


……それは……僕が一番言いたかったことだよ。
君に先を越されちゃったな。
フランソワーズに、会いたいよ。
君に……会いに行くよ。


ううん、だめよ。


え?


私が会いに行くわ。
月の綺麗な夜に。
虫の声が響いて、銀色のすすきが揺れている間に。

だから、今はもっと話して?


灯りを付けていない部屋のうすいカーテン越しにも光が差し込んできていた。
パリの日曜の夜、外はまだざわめいている。

だけど、この部屋は違っている。
ここは、遠い東の国の、夜の世界。
あたりに流れる美しい虫の声。
涼やかな風に揺れる銀色のすすきの向こうに、丸く輝く月と、やさしい瞳。
耳元に流れる柔らかな声。
この部屋だけの、お月見の夜。

The end

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