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36
ジョーが視線を向けるよりも早く、ジェロニモが一歩前に踏み出して、その重い扉の取っ手に手をかける。
これまでのエントランスの荒れ具合に比べ、この大きな扉は古びてはいるものののきちんと手入れはされていた。手をかけた金属の部分は鈍い光沢を放ち、最近も使われているような気配がしている。
ジェロニモがもう一度ジョーを見る。
ジョーも同じように頷いた。
全員の目が、ジェロニモの大きな手に集まっていた。
確かめるように一度握り直し、ゆっくりと力を込めて引いていく。

それは音もなく、あっけないほど簡単に開いた。
「ま、あいつが来いっていってんだから、カギなんかかけとく必要もないわな」
ジェットが、小さく息をはいた。
同じように仲間たちの間からも安堵の息がもれる。
「扉を開けた途端に爆発、なんてこともあるかと思ったけれど、それもないみたいだな」
辺りに視線を走らせながらピュンマが呟いた。
グレートが目一杯まで開いた扉に重い石を置いて固定した。
そして全員が開け放したその奥へと目をやる。
そこから確認できる屋敷の内部は、暗闇だった。
窓ひとつない。
壁には、ところどころ燭台らしき物が続いているのがかろうじて見える。どうやら扉から一番近い物には、ご丁寧に蝋燭も立っているようだ。
だが、その奥はしんと静まりかえり、何の気配も感じられなかった。
この奥に、本当に彼女は閉じこめられているのだろうか。一瞬、そんな不安がよぎる。
「とにかく入ろう」
ジョーの言葉に、全員が頷いた。
こんな所でのんびりとしている暇はない。
ジェロニモが隣にいた張々湖を自分の頭の高さへと抱え上げると、そこで張々湖が小さく息を吹く。
かすかな音と共に最初の燭台に火が灯った。
段違いに立った三本の蝋燭にともった小さな灯りたちは、消えることもなくそこで揺らめいていた。
また、誰かが小さく息をつく。
これによっても、何かが発動することはないようだ。
ジェロニモが燭台から蝋燭の一本をはずすして、頭上に掲げた。
今はまだ扉から外光が差し込んでいるからいい。
だが、先は窺うことのできないほどの闇だ。
自分たちの強化された視力でも、少し先までははっきりと確認することができない。これからの道筋に灯りがあるのならそれに越したことはない。
たとえそれが、自分たちの位置を明確に示す目印になってしまったとしても、元から隠密に動こうなどとは考えてはいない。今、ゼルの元に捕らわれているフランソワーズがこの灯りに希望を見てくれればいいと、そう思う。
──この先は、考えるまでもなく、罠が待ち受けているのだろう。
やつがわざわざこの場所で待っていると言うからには。
そう覚悟を決めて来たが、今のところはその前兆もない。
ピュンマが、ちらりと先頭を行くジョーの方を見た。
ジョーは罠のことなどまったく気にする様子もなく、足早に奥へと進んで行く。
そのすぐ後ろからジェロニモが時折存在する燭台にあかりを灯して行った。
「変な造りだな。普通窓くらい作るだろうよ。この屋敷、昔からあるんだろ?変なヤツが住んでたらしいけど」
煉瓦の様な物でできた壁を拳で軽く叩きながら、ジェットがつぶやいた。
「外から見たとき、窓があったような気がしたんだけれどな」
「ゼルのもてなしだろ」
ハインリヒがこともなげに言う。
「わかりやすく、それらしく、場を作ってるんだろうよ」

奥はますます暗い。
燭台の明かりだけがぼんやりと辺りを照らしていた。
7つ分の濃い影が足下からゆらゆらと揺れながら長く伸び、その先は闇の中に溶け込んでいる。
自分たちの足音がやけに大きく感じられた。
少し進んではすぐに行きどまりがあらわれてその角を曲がらされ、それを何度も繰り返して、すでに方向がわかりにくくなっていた。廊下がこれだけぐねぐねと曲がった屋敷内は、いったいどうなっているのだろうか。
これまで部屋らしきものにであったことはなかった。
不意に、ぱたんと小さな音が遠くでした。
ジェットが振り返る。
「入り口のドアが閉まったみたいだな」
「どうせ奥にしか進まないんだ。関係ないだろう。帰りはあそこから出るとも限らないしな」
ハインリヒの言葉にジェットも頷いた後、その横顔をちらりと見る。
どうやら、とても機嫌が悪いらしい。
「ま、当然か」
視線を前にやる。
ジョーはこちらを振り向きもせず、ただまっすぐに奥へと進んでいた。


それから、さほど進まない内に、ジョーが足を止める。
「どうした?」
後ろを歩くジェットがジョーの前方を覗くようにして見た。
「今度は階段かよ」
その先には、急な上り階段が延びている。
ここから届く光では登った先までは見えなかった。
「登った途端に、底が抜けたりするんじゃないの?」
グレートが茶化すように言った。
「ここまで、何にもない方がブキミだぜ」
ジェットの言葉に頷いて、ジョーは慎重に足を乗せる。
鈍く軋む音がした。
次の一段にも足を運ぶが、特に変わったことはないようだった。
一段一段を探るようにして登っていく。
ジェットは小さく舌打ちしながらも、一歩づつ確かめながら、それでもペースを落とさずに歩くジョーの後ろに従った。
そこで気づく。
ここには古い家に特有の、湿った匂いも埃っぽさもなかった。
蜘蛛の巣の一つも張っていなければ、虫の姿を見かけることもない。
ということは、この建物がそれなりに使われていると考えていいだろう。
これだけの意地の悪い作りの建物だ。以前の持ち主の使っていたまま、とも考えにくい。
だからこそ注意が必要だというのは分かるのだが、あるのかないのか分かっていない罠にいちいち気を配って歩くのには、いい加減にうんざりしてきていた。
「あ〜!くそっ!来るなら来やがれ!こういうのは性にあわねえんだ!」
「そうやっておまえがイライラすればするほど、ゼルの思う壺だぞ」
いつの間にかしんがりをつとめていたハインリヒの声が冷たく響く。
「ちぇっ」
「焦るな」
短く一言だけ後ろから声が飛ぶ。
わかってるよ。焦ってるのはオレだけじゃないからな。
心の中でそう呟いてジェットは足を動かした。
屋敷に入った所から、ジョーの言葉が少ないことの方が気がかりだった。
──この屋敷の中のどこかに、フランソワーズがいるかもしれない。いや、多分、いる。
ゼルに捕らわれながらも、自分たちの助けを待っているはずだ。
それを分かっているからこそ、ジョーが焦っていないはずがない。
それを抑えて冷静であろうとしている姿は、なんだか痛々しささえ感じてしまう。
おまえが言わない分、オレが口に出してやるよ。なんだって。
だから、おまえ一人で全部を背負い込むな。
こちらを振り向かない背中を、ただ追いかけた。

自分たちが予想していたよりも階段は短かった。
ただ、その先にはまたしても扉が行く手を遮っている。
全員を数段下に下がらせて、ジョーが慎重に扉を押し開けた。
音すら立てない扉の、その先に広がるものもまた闇だった。
今立っている場所と同じように広い踊り場があり、今度は右手に向かった下り階段があった。
ジョーはちらりと後ろを振り返ると、小さく頷いて階段に足をかける。
「なにアルか、上らせたと思ったら今度は下りアルヨ」
「どうなってんだ?」
グレートがあたりをぐるりと見回す。
だが、ただ真っ黒に見える壁だけが周りを囲んでいて、それ以外にはなにも認められはしなかった。
なにか、少しでも手がかりがあれば、とそう思うのだが相手は仕掛けてくることすらしない。
よっぽど自信があるのか、それとも本当はここにはフランソワーズはいないのか。
そんなことを考えているうちに、どうやら立ち止まっていたらしい。
先を行くジェロニモに促され、あわてて前へと進む。
自分たちの中にぴりぴりとした空気が充満していくのが肌で感じられた。
先頭のジョーは感情を押し殺したようにひたすら前へと進み、真ん中を歩く自分の背後からも重たい緊張感が押し寄せてくる。
こんな雰囲気は初めてだった。
今までのどれだけ困難な場面でも、もう少しはどこかくだけたところがあったはずだ。この妙な緊張感はよくない。
これが、フランソワーズがいないための変化なのか…と思う。
彼女がいてくれたら……そう思ってから一つ頭を振る。
そのために、今自分たちがここにいるのだ。
彼女の存在の大きさを、今更ながら思い知らされたような気がしていた。


それからしばらくは、また同じ事の繰り返しだった。
階段を下りきって少しの間平らな場所を歩いたかと思えば、またすぐ次の階段が現れ、上へと登らされる。
それにつながる平坦な廊下も右へ左へ何度も折れ曲がっていて、入った場所から前に進んでいるのか、上に登っているのか、地下に潜っているのかも分からなくなりそうだ。
そして、ただ階段に翻弄されているばかりで、NBGの兵士達が現れる様子はない。
ただ、どこからか見られているような気配だけはずっとつきまとっていた。
ゼルがこちらを監視していることは当然のことだ。
誰かが小さく息をついた。
「あんまり前進してる気がしねえな」
「ジェット、いい加減にしろよ」
「なんだよ、焦るなって言うんだろう。わかってるさ。見ろよ、また扉だぜ」
何度も見た物と同じ扉が7人の前に立ちはだかっていた。
またか。誰もが心の中でそう呟いていただろう。
すでにこの扉にも慣れ始めていた。
「いい加減飽きてきたな」
ジェットの軽口に同意するように少しだけこちらに視線を向けたジョーが、扉に手をかける。
ゆっくりと押し開けた扉の細い隙間から、強い光が漏れた。
一瞬にして全員が壁へと体を寄せ、身構えたのを気配で確認すると、ジョーが一気に扉を開けた。
ビッという音ともに、幾筋も光が彼に向かってまっすぐに伸びてくる。
ジョーはそれより一瞬速くその場から飛び退いた。
強く筋になった光は消え、ジョーのいた場所の背後の壁には焼け焦げた跡が残り、細く煙を上げていた。
「ようやく始まったみたいだぜ!」
ジョーの姿が明るい場所の中に瞬間的に現れる。
向かい側の壁に埋め込まれたレーザー装置がしっかりと壊されていた。
だが、次の瞬間には、ジョーの現れた場所を目がけて上から光線が放たれる。
彼が姿を消すのと同時に、扉の影からハインリヒがそれに向かい合った。
さらにそれをジェットが援護する。
二人の放った光が、正確に上部の壁を撃ち抜く。
「へっ!あっけねえの」
そう言ったジェットの目の前に、ジョーの姿があらわれる。
「これで終わりかよ?」
数カ所から煙は上がっているものの、それ以上どこかから狙われている気配はなかった。
「なんだってんだ、一体」
「小手調べってところだろ。ちょうどいい運動になっただろう?これからが本番だ」
いつものようににやりと笑うハインリヒを見て、ジェットはすこしだけほっとした気がした。
やけにぴりぴりしているハインリヒではやりづらい。
「ま、そうだな。調子も出てきたことだ。どうする?ジョー」
ジェットも同じように、にやりと笑って、ぐるりと辺りを見回した。
気がつけば、そこは小さなホールのようになっていて、先ほどとはうってかわって白い壁がまぶしい場所だった。
そこから左右に廊下が別れている。
そして、自分たちの正面には大きな窓があった。
白い壁の真ん中に切り取られたように緑の風景がある。
ガラス張りのように見えたが、先ほどの戦闘でも疵一つついていないところを見ると、ただのガラスではないだろう。
外にはたくさんの木々が植えられていて、太陽の光がさんさんと降り注いでいた。
そしてその奥には白く輝く、高い塔が見えた。
まったく今までのこの屋敷にはそぐわない風景。
どこからか鳥の声が聞こえ、時々、ざわざわと木々の風に揺れる音も聞こえていた。
「……なんだか別世界アルネ」
ピュンマが念入りにガラスのまわりも調べていたが、とくに仕掛けはないようだった。
ジェロニモが手にしていた燭台を床に置く。
「さあ、どうする?二手に分かれるか、全員でどちらかへ進むか。この分なら、ここにフランソワーズがいたのは確実だと思う。今もまだいるかどうかは、わからないがな」
ハインリヒが左右を見て言った。
右側は正面の窓と同じような風景の見える明るい廊下。
左側は一度外に出ていくようだ。
「姫君は塔に閉じこめられると相場は決まっているものだな」
グレートが窓から塔を見上げて言った。
「どっちの廊下があの塔につながってるかは、賭だな。あの塔にいるとも限らないし」
「いない確率の方が高いだろうな。ゼルのやり方なら」
「とにかく二手に分かれた方がいいだろう」
ピュンマの提案に全員がうなずいた。
「そうだな。僕とグレート、ピュンマは右へ。ハインリヒたちは左へ行ってくれ」
「わかった。オレかグレートがそれぞれ別のチームにいれば、どちらかが塔へ飛べるだろうしな」
「そういうことだな」
グレートがにっと笑う。
「ジョー」
ハインリヒの唇から笑みが消える。
「焦るな。落ち着いていけ」
「ありがとう。わかってるよ」
ジョーが小さく笑った。
「もうちょっと余裕のある顔してけよ。ゼルにつけ込まれるぞ。せっかくフランソワーズが待ってるんだからな」
ジェットの言葉にも笑って応えた。
「全員無事に、博士のところへ帰ろう」
ジョーの言葉に、手を挙げて答えると4人は左の廊下へと歩いていった。


37
「僕たちも行こう」
その背中を少し見送った後、ピュンマに促されてジョーは右の廊下へと向かった。
窓からは光が差し込み、足下に外の木々の影を落としている。
散歩でもしているような、この場にそぐわない穏やかな雰囲気で、かえってなんだか落ち着かない。
「……たぶん、これはフランソワーズのためだろうな」
グレートが外を眺めながら呟いた。
「どうしてそう思う?」
窓の外に目をやってピュンマが聞く。
「いや、なんとなくそう思っただけだよ」
先ほどまでは見えなかったが、木々の下には色とりどりの花が咲いていた。
「ゼルはゼルなりに彼女を大切にしていた、ってことかい?」
グレートはジョーの様子をうかがいながら、遠慮がちに頷いた。
「そうかもしれないってだけだ」
ジョーは何も言わず、ただまっすぐに歩く。
このまっすぐの廊下を歩く間も、ずっと左側には庭園が見える窓があった。
この屋敷はどれだけ広いのだろうか?
これまで、屋敷の中とは思えないほど進んできた。
もちろん高低があるからこそ、だというのはわかっているが、それでもなお、これだけの庭がある。
これを全部、彼女のためだけに?一体ゼルはなにを考えている?
そう思い始めた頃、自分たちの正面に深く磨き込んだ色の扉が見えた。
「また扉か…」
「ジェットじゃないが、いい加減うんざりだな」
グレートが手をかける。
「待て!気をつけろ!グレート!」
ピュンマの声と同時に扉が内側から吹き飛び、次の瞬間、轟音が響き渡った。
咄嗟に飛び退いたピュンマを爆風がなぶる。
その後ろには、グレートを抱えたジョーの姿があった。
ジョーがグレートを放りだして燃えさかる扉へと駆け寄った。
「ジョー!」
扉の内側から、無数の光が自分たち目がけて襲いかかってくる。
「来たぞ!」
ジョーの声と同時に3人は散った。
遮る物のない廊下では、こちらが圧倒的に不利だった。
光の向こうに多くの人影が見える。
「こっちがアタリってことかな」
ピュンマがそう呟いたとき、仲間の二人の姿はもう見えなかった。
「おとりは僕一人か。早いところ頼むぜ」
間断なく繰り出される光をよけながら、こちらからの反撃の機会をうかがっていた。

彼が加速装置を使って飛び込んだそこは、小さな部屋だった。
止まったように見える兵士たちを後ろから撃ち抜きながら、あたりをざっと見渡す。
すでに焼けこげてはいるが、四面の壁すべてに一つずつ扉がついている。
そのうちの二つが開いていた。
自分たちが開けようとした扉が一つ。右側の扉が一つ。
ここに兵士たちが隠れていたのに違いない。
すでに十数人の兵士たちの半数は自分が手をかけていた。
自分が来た方向では、ピュンマがきわどいタイミングで光をよけているのが見える。
音もない世界。
いつもよりも神経が研ぎ澄まされたような気さえするほどだった。
自分の能力を知っていて、なぜわざわざ加速装置の使えない兵士たちを配しているのだろうか。
今は自分の能力をフルに使うことに、何のためらいもない。
兵士の背後に姿を現すと、残りの兵士を殴り倒した。
そのすぐ後に、小さなネズミに姿を変えていたグレートが変身を解く。
「陽動する間もなかったな。ピュンマ、大丈夫か?」
「なんとかね」
そう答えながら、内心ピュンマは舌を巻いていた。
思っていた以上に彼の行動は素早かった。
今までとは比べ物にならない。それだけ焦っているのか、それともこれからの戦いに向けて彼が本気になっているのか…。
後者だとわかってはいたが、どこか空恐ろしくも感じる。
何も言わずに小部屋の中を探索する彼の後ろ姿を、まじまじと見つめた。

倒れた兵士たちをどけ、他の二つの扉に手をかけた。
先ほどのようなことがないように、グレートも慎重になっている。
アンティーク調の美しい細工の施されたノブをピュンマがゆっくりと回すと、また施錠はされていなかった。
ゼルの手の中に引き込まれているような気がして、居心地はよくない。
だが、そっと扉を開け、中を見て驚いた。
明るい光が視界に飛び込んでくる。
壁際のバー、はられた大きな鏡。
「ジョー!」
呼ぶよりも先にジョーは後ろに立っていた。
「レッスン室…か」
グレートの言葉に、ジョーが頷いた。
ここで踊っていたのかもしれない。どきりと胸が高鳴った。
いつか見せられた光景が浮かび上がる。
柔らかな蝋燭の光の中で、一人踊っていた。
ゼルの前でも、気高く美しい彼女の姿。
「こんなもんまで用意してたのか、ゼルのやつ……」
きちんと片づけられたその部屋の中に、彼女の気配はない。
けれど、ここにいたのだと、なぜだか確信できた。
ジョーは足早に左側の次の扉に進む。
この先に彼女がいるかもしれない。
その思いはどんどんと強くなっていた。


38
「ジョー!待て!」
ピュンマの声にジョーは応えず、無言のまま扉のノブを握る。
「気をつけろ!」
力に任せて扉を押した。
先ほどまでの無防備さとちがって、この扉には厳重な鍵がかかっていたらしい。
苛立った様子でその手を離すと、一瞬の間もおかずノブの辺りを撃った。
なにか鈍い音がしたのをきっかけに、扉に向かって肩から体当たりする。
だが、扉はびくともしなかった。
「まだカギが掛かっているのか?どうやら、ひとつの出力では足りないらしいね。僕たちも一緒に撃とう、グレート」
「頼む」
一言だけ言うと、ジョーはまた同じ場所に銃口を向けた。
ピュンマとグレートもそれに従う。
絶対ここにいたはずだ。妙な確信があった。
再度、鈍い音がする。
ジョーはすぐに身を翻すと体ごと扉にぶつけた。
ピュンマはそれを見て、小さく息をのみ、同じように体をぶつけた。
ジョーの焦りが、ひしひしと伝わってくる。

どん、という音と共に扉が内側へと開く。
支えを失った三人は転がるようにして、中に入っていた。
扉が開いた瞬間になにかが起こる可能性は高いと警戒していたものの、また何もないまま部屋の中に招き入れられたような気がする。

まず、最初に目に飛び込んできたのは、真正面の天井から床までの大きな窓。
それは少しだけ開いていて、外からの風が涼やかに吹き込んでいた。
窓の両側にまとめられた薄いカーテンが、それに合わせて揺らめいている。
窓の外に見える木々には青い葉が茂り、木漏れ日が部屋の中へと差し込んでいた。
上の方で、小鳥たちの声が聞こえる。
遠くの方では、さらさらと水の流れるような音もしていた。
「やっぱりな」
グレートが思わずつぶやいた。
ジョーが素早くあたりに目を走らせて、唇をきつく結ぶ。

部屋の真ん中あたりにおかれた小さなテーブルは、濃い色に磨き上げられて光沢を放っていた。
花が飾られ、水差しには水がたっぷりと入っている。
右側には、クイーンサイズのベッドがおいてあった。
天蓋から幾重にも薄い布が巡らされていたが、それはすべてベッドの四隅の柱にまとめられていた。
そしてベッドは乱れていた。つい先ほどまで誰かが使っていたのだと分かるほどに。
そのすぐ下の床には淡い色合いのドレスが無造作に放置されていた。
ピュンマとグレートは息を飲む。
見覚えのある色。
そのドレスには茶色く変色した部分が多くあった。
あれは、血だ…と咄嗟に思う。

ジョーがゆっくりと部屋の奥へと進み、床に落ちたドレスを拾いあげた。
「…それは…」
「フランソワーズのだ……あの時。ゼルに連れさらわれた時に着ていた」
ジョーは、それを握ったままベッドの方へと向きなおる。
フランソワーズはここにいた。
はっきりとそう思えた。
多分、先ほどまで横たわっていたであろうベッド。
それを確かめるようにそっと手のひらでなでる。
ぬくもりはすでになく、絹のすべらかな感触だけが彼の手に伝わった。
ふと気づくと、その上には銀色の環が置かれていた。
これには見覚えがなかったが、そこから伸びた鎖が床に固定されているのを見て、たぶん彼女の腕か足にはめられていたのだろうと思う。
大きさから考えると、足首だろうか。
そっと持ち上げてみると、驚くほど軽かった。
繊細な細工が施され一見アクセサリーのようにも見えるが、その用途に見合っただけの強さを持っているようだった。
その先につながる鎖もだ。
華奢に見えたその鎖は自分の力をもってしても引きちぎることはできなかった。
ジョーは唇を強く噛む。
こんなところで、こんな風に扱われていたのか…。
こんなものでつなぎ止められて。
ここで、ゼルに?
ベッドの上に、力一杯その環を投げつけた。
環は柔らかなベッドに包み込まれるようにして、そこで光を反射していた。
フランソワーズの自分を呼ぶ声が、哀しい泣き声が聞こえてくるようだった。
「……フランソワーズ……」


じっとうつむいたまま立ちつくす彼に、二人が遠慮がちに声をかける。
「ジョー」
ジョーが顔を上げる。
暗い光が瞳の奥で、光っていた。
「…すまない。大丈夫だ」
ジョーがその大きな窓の方へと歩み寄る。
ここにはもういないだろうとは思ったが、なにか手がかりが見つかるかもしれない。
少し押してみる。
だが、その程度の力では少しも動かなかった。
これでは、彼女の力では窓は開けられない。
ぐっと力を込めるとゆるゆると窓は開いた。
たぶん、これもゼルがやっていったんだろう。
自分を挑発するだけのために。
ざざという木々のざわめきとともに、緑の匂いのする風が通っていった。

中庭は、多くの木々に囲まれ色とりどりの花が咲いていた。
ちらりと小動物の姿も見えるが、かなり警戒しているようだ。
先ほどまで聞こえていた小鳥の声も、今はまったく聞こえなかった。
じっと息を凝らしているように感じられた。
時折吹いていく風が、枝を揺らし葉ずれの音だけを響かせていく。
フランソワーズの力でこの窓が開かない以上、ここにも何かの手がかりは求められないだろう、とジョーは思った。
だが、もしかしたら……という期待も捨てきれない。
腕にドレスを抱えたまま、ジョーは庭へと一歩出る。
その瞬間、その窓が爆音と共に砕け散った。
ジョーは咄嗟に飛びずさる。爆風に髪をなぶられ、その上に細かく尖ったガラスが雨のように降り注ぐ。
「ジョー!大丈夫か!」
ピュンマの声がした。
それに応えるより早く、地鳴りのような音とともに壁が地面からせり上がり始める。
「!!」
自分の体制を立て直す間もないまま、先ほどまでいた部屋と庭との間に厚い壁が出現していた。


ピュンマとグレートは部屋の内側で、その爆発に身を伏せていた。
「ジョー!」
さっきまで明るかった部屋が一気に暗闇にかわる。
窓がふさがれたのだと気づいたのはその時だった。
「ジョー!大丈夫か!」
部屋全体、いや、建物全体が揺れているようだった。
立っていることすらできない。
二人の呼びかけも、通信も、彼からの返答はなかった。
それ以前に通信など使えてはいないのかもしれなかった。
ここにフランソワーズがいたとすれば。
揺れはますますひどくなっていく。
なんとか入ってきた扉に飛びついたピュンマが、退路を確保しようと試みるが、びくともしない。
仲間達とも連絡がとれなかった。
「こりゃ、本当にやばいぞ!気をつけろ!」
グレートがピュンマに向かって叫んだ時、足下の床が鈍い音を立てて崩れ始めた。
「うわぁっ!」
突然の事に、グレートが床と共に底の見えない暗闇に飲み込まれていく。
「グレート!」
かろうじて、ドアのノブを支えにしていたピュンマが叫んだ。
どん、という音と共に、今度はピュンマが取りすがっていた扉側の壁が爆発した。
ピュンマはとっさに手を離し、爆発に巻き込まれないよう自らグレートの消えた闇へと身を躍らせた。

 

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ホントのホントに大変間があいてしまいました……。
もしまだ見てくださっている方がいらっしゃいましたら、少しでも楽しんでいただけるといいのですが…。私は楽しんでます。
一言感想など聞かせていただけると、すごく嬉しいです。
このまま最後までイキオイつけたいと思っています〜。


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